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2012 冬20周年を迎えて

地球畑 代表 大和田 明江

 

生産者と消費者を結び、地域に有機農業を拡げていけるように、と「地球畑」が誕生したのが1992年の1月。今年でちょうど20年になります。

農薬や化学肥料によって省力化と収量を追求し、見た目第一の商品作物を作ることが求められていた時代、有機野菜は作っても販売するルートはほとんどありませんでした。環境汚染や健康被害を引き起こす農業のあり方を憂い、「このままに維持するならば・・・遠からず人間生存の危機の到来を思わざるを得ない。事態は、われわれの英知を絞っての抜本的対処を急務とする段階に至っている」(日本有機農業研究会結成趣意書)として日本有機農業研究会が発足したのが1971年。鹿児島県有機農業研究会の結成が1978年。そして地域に有機農家の仲間を増やし有機農業を広げようと、かごしま有機生産組合が結成されたのが1984年のことです。

しかし、地元の理解が得られない中では、せっかくの有機農産物を学校給食で使ってもらうことも難しく、都会への送りに頼らざるを得ない状況が続きました。
地元のおいしい有機農産物を地元のみなさんに食べてもらいたい、という一念で生まれた地球畑。その熱い思いだけは忘れることなく歩んだ20年でした。

日本では耕地面積における有機農業面積はわずか0.2%(2010年)(オーストラリア14.16%、スイス11.5%、イタリア8.4%(2005年))。有機生産者組織の直営店として、その貴重な地元産の有機農産物のみを販売している地球畑は、日本の中でもまだ本当に稀有な存在です。長い間地球畑を支え、育てて下さった皆さま、本当にありがとうございました。心より感謝、お礼申し上げます。

誰もが健やかな環境の中で健康に生きていける社会を目指して、地球畑は今も変わることのない発足当初の理念を大切に、これかも皆さまとともに歩んでいきたいと思います。

 

この度の震災は、遠く鹿児島に住む私にとっても人生が一変するような出来事でした。

身近にいたはずの人々があまりにもたくさん一時に亡くなられて"壊滅"という言葉で伝えられたふるさと。 そのふるさと陸前高田のことを思うにつけ、いつも心に掛かるのがふるさとを放射能で汚染されてしまった人々のことでした。

昨年末のかごしま有機生産組合 種子島支部会で「鹿児島の有機農産物を福島の子どもたちに送り、一食でも多く内部被曝の危機から遠ざけてあげたい。特に種子島の甘い おいしい有機の安納芋を食べさせてあげられたら・・・と思うが、出荷分も足りないくらいなのでどうしようもないですね。」と日頃の思いを口にしたら「そんなことなら、早く言ってくれれば」と鹿児島に戻るや否や二人の生産者の方から100kgずつ200kgの安納芋が届いたのでした。
そのSサイズのかわいい安納芋を川俣町の教育委員をしている知人を通して、幼稚園の子どもたちに配り冬休み直前の学校給食でも使ってもらうことができました。
今だに感謝のお手紙や写真が送られてきて、驚かされています。先日はやはり種子島からのポンカンと合わせて組合のポンカン160kgを給食センターに送りました。

 

この地震国で原発事故による被害は、原発がある限りいつ我が身に降りかかるかわからない、しかも被害が未来にまで及ぶ深刻なものです。お手紙の一部を紹介して原発のない社会をどう目指すのか、みんなで考えていきたいと思います。

 

 

【このたびは、遠い距離にもかかわらず、ご支援頂きまして、ありがとうございます。
また、組合員の園田様、中園様ご夫妻にも、お忙し中、川俣の子供たちのためにこちらではとても珍しいお芋をいただきましたこと、恐縮いたしております。早速、給食センターのほかに、川俣町のすべての幼稚園児に行き渡るように手配いたしました。

まず、本日は計画的避難地域に指定され、住むところを離れざるを得なかった幼稚園児を訪問。同封の写真のように草に覆われてしまった幼稚園を離れ、現在では他の幼稚園の一室を間借りしている状態です。校長先生が園長を兼務しているために先生が小学校からおいでになり、いただいた「安納芋」の説明や園田様、中園様のご紹介をさせていただきました。子供たちは目を輝かせ先生のお話を聞くとともの、おうちで食べることをとても楽しみにしている様子でした。また、終業式の22日までにはすべての幼稚園に保護者向けのお便りとともにおいしいお芋がいきわたる予定です。子供たちにとっては、美味しいクリスマスプレゼントになったのではないかと思います。

この9ヶ月はPTAの皆さんに情報をできうる限り伝え、不安の軽減に努めていきますが、表面に出さないまでもこの福島に住み続ける限り、放射線からは逃れられない不安と闘いながら、若いお母さん、お父さんは頑張っています。

 

震災後、各方面から様々なご支援をいただいておりますが、川俣の子供たちに広くいきわたることはなかなか困難なのが現状です。そういった中で、今回のご支援は、分け隔てなく子供たちに安全な食べ物を食べてもらうことができます。

私達にとっても、こんなに心温まる子供たちとの交流会を経験できなかっただろうと思っております。
本当にありがとうございました。どういった形で感謝の気持ちを伝えようかと考え、この子供たちの屈託のない笑顔の写真を感謝の気持ちに変えお送りさせて頂きたいと思います。】

 

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